足尾緑化の歴史 その⒈

足尾の緑化は歴史が長く複雑です。誰か一人がすべての成功を導き出したわけではないのです。

皆さん御存知のように、明治以降、近代的な方法で銅山が再操業を開始して以来、足尾の山がはげ山となってしまいました。それ以前の江戸時代の操業でも、周辺自然環境に影響はあったと推測されます。しかし、明治以降の大規模かつ集中的な操業が、山々の環境に対する決定打となりました。

その原因もまた複雑です。あまり注意されていないのですが、まず第一に、銅山操業により労働者が殺到し、その住居建設のために木材が必要となりました。また、採掘の様々な過程でも木材が必要だったため、木材の需要が高まったことがあります。

その上で、銅の精錬過程で未処理のまま排出された排煙とそれを原因とした酸性雨が、樹木の死滅に大きな影響を与えたのです。

最後に、資料が不足していて詳細は不明ですが、廃村となった松木村周辺で起こった山火事が決定的な打撃となり、完全に足尾の山がはげ山となりました。長い時間風雨にさらされた地表の土壌は、完全に流出してしまいました。煙害と酸性雨、むき出しの岩盤、ここへの緑化は容易ではありませんでした(続く)。

第21回春の植樹デーチラシ(JPEG)
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